2020年4月のユニオンニュース233号で自身の退職強要・パワハラ事件を投稿させて頂いたものです。本稿では、その後の経過のご報告、裁判制度、労働法制について思うことを投稿させていただきます。
以下、簡単な事件の経緯です。
① 現在の会社で2013年から営業職として勤務しています。
② ちょっとした労災事故(2018年12月)がきっかけで、会社代表者より「自己都合での退職届を書け」「お前なんかやめてしまえ」等の複数回にわたる暴言(退職強要)
③ 書面・口頭で自己都合退職を断る旨を通知
④ その直後、すべての仕事・業務用PCの取り上げ(2019年4月)。
⑤ 同時に全体朝礼で「即刻営業業務を禁止とせざるを得ないような多大な迷惑と損害を顧客に与えた為(事実無根)、営業担当としてふさわしくない」等の名誉毀損発言
⑥ 弁護士を通じて、「営業職への復帰」・「被った損害の賠償」をもとめて訴外での交渉開始
⑦ 2019年7月 うつ病発症(現在も治療中です)
⑧ 退職に応じないと見るや、月給ベースで約35% 賞与ベースで約90%の減額
⑨ 現在、相手方からの返事待ちですが、約半年間何の連絡もない状況です。
いわゆるゼロ回答なので交渉解決拒否なら訴訟ということになると思いますが、その前に、今、自分にできうる最高の準備をして、次のステップに進みたいと思っています。
自分が被害を受ける立場になった時に初めて労働問題を自分の問題として捉え、やがて組織や社会の構造的問題にまで視野を広げられるようになったのは良かったことですが、でもそれではいけないなと、今、自省的に思っています。
(1)私の訴訟に対する考え方
自身が紛争当事者になってから、SNS等で実際に不当解雇や退職強要、ひどいハラスメントを受けてらっしゃる方の情報発信を拝見する機会が増えました。相手を懲らしめてやりたいから法的手段に訴えるという意見がとても多いように感じます。相手方に酷いことをされた場合に「お金の問題じゃない」「お金よりも、事実を認めて誠実に謝罪しろ」という気持ちになること自体は自然なことですし、理解できます。
しかし、自分で裁判を傍聴に行ったり、実際に裁判を闘った経験者の方のお話を聞いたり、判例や労働法、その背後にある理念や原理を勉強するなかで、やはり裁判制度は所詮ただの手続きに過ぎず、本来守りたい「人格」や「尊厳」、あるいは「真実」とは別次元のものだと思います。
公判も科刑も手続に過ぎませんし、民事紛争だって全ては手続に過ぎません。日本の法律は原則として金銭賠償しか認めてないので、最後はお金の問題に収斂せざるをえないのでしょう。
つまり、①法律上請求ができない,②証拠がないもしくは集められない,③請求はできるがコストに見合わない,④回収ができない 以上のいずれかに該当する場合には、訴訟はすべきではないと考えます。
とくに裁判所が慰謝料を認めること、またその認容金額についても消極的なハラスメント案件の場合、あれだけのことをされて,ここまで頑張ってもこれだけしか得られないのか,というのは逆に人を傷つけることになったり、金額がこれだけにとどまるのだ,という事実を突きつけられたときに人格的尊厳が毀損されたと感じる人や,メンタルがしんどくなる人もたくさん出てくるような気がします。
残念ながら、裁判や法的手続は魔法でも近道でもない以上、1労働者として1市民として地道に取り組むことで変えていくしかないことも、この世にはたくさんあるのでしょう。
やるべきときには、声を上げたり、誰かを応援したり、運動や発信もしたり・・・
また、運動まで行かなくても、職場内で勇気をもってまず一言言えた、そのことから、何かが変わっていくこともあるのかもしれません。
(2)改正労働施策総合推進法(ハラスメント規制法)について思うこと
厚生労働省が2020年7月に発表した「令和元年度 個別労働紛争解決制度施行状況」では職場でのいじめ・嫌がらせの相談件数は8万7,570件で8年連続トップであり、第2位の「自己都合退職」の約4万件と比べても、その数の多さ、相談件数の伸び率からみても、今やハラスメント問題は、労働問題の中心的課題と言えます。
皆様ご存知のように、パワハラが深刻な問題となっているにも関わらず、これまで日本には全くパワハラを規制する法律が存在しませんでしたが、♯We Too Japanのハラスメントを禁止する法規定を求め1万人以上の厚労省への署名提出や弁護士団体や労働団体からの立法提言、世論の後押しを受けて、改正労働施策総合推進法が成立しました。
残念ながら、「指導する側が委縮してしまう」など、使用者側の意見も反映され行為者の行為禁止規定、労働者の権利規定といった明確なハラスメント禁止規定は見送られ、あくまでも企業側に防止措置を講じるように法律で義務付けるに留まっています。
改正労働施策総合推進法の成立を受けて、その内容を具体化するために、ある意味使用者側の弁解カタログのようなパワハラ指針が出され、内容に関してもかなり周知されてきているのは記憶に新しいところです。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
多くの専門家、労働団体が指摘するように、現実にも、事業主の措置義務が規定されてから10年以上経っても、セクハラがいまだに無くならず、深刻な社会問題となっているように、措置義務のみではハラスメント防止の実効性を欠くことが明らかですが、多くの声が集まって、法律の施行にこぎつけたこと、法的枠組みができたことについては評価できるかと思います。
その上で、今後ハラスメントのない法整備や労働者という身分である以前に「人が人として大切にされる社会の実現」に向けて私なりに考えたことを書かせていただきます。
① 損害賠償請求の基礎・根拠となる行為禁止規定
罰則やより高額の慰謝料が認められることによって、ハラスメント行為への抑止効果が 高まる上、訴外での交渉や調停における場面を想定してみても、「事実はこう、法律はこう。だから当方の主張認められるべき」ではなく、「事実はこう、法律はこう。だから訴訟になれば〇〇万円。ただ早期解決のため〇〇万円まで譲歩しましょう」と提案する方が、はるかに効果的だと思うのです。
② 被害者の立証責任を緩和する規定・社会運動など、
最近の判例を見てみても、裁判所の事実認定が直接証拠の存否に依存している傾向が相変わらず顕著ですが、間接事実を連ねて、事実関係についてはこのように推認するのが合理的であるといった形での弾力的判断を行ってもらいたいのですが、それとは逆行するような現在の状況は、被害者にとって好ましくありません。
裁判所の消極的態度への社会的批判も十分に必要だと思いますし、例えば、名古屋地裁判例2.2.17ではハラスメントの事実認定のあたり、職場での調査や同僚の証言を基礎として、うつ病に関する医師の診断書がないにも関わらず、ツイッターの投稿から判断した医学的意見に基づいて、うつ病の発病との相当因果関係を認定している点など、参考になる部分も多く、原告側のさらなる事実主張と立証の点において、まだまだ工夫する余地はあると思います。
③ 労働組合の活性化
法的、合理的に考えれば労組の仕組みを使う方が労働者にメリットがあることは明らかなのですが、現場の労働者にはそこがなかなか伝わりきっていないように思います。
組織率自体は2020年6月の調査では約17%強で微増傾向ですが、おそらく分母が減少したのと、非正規の方々の組織化が進んだ結果に過ぎず、さらに言えば日本の大多数を占める中小企業の組織率は、依然として絶望的な数字になっています。
厚労省の令和元年労使コミュニケーション調査(https://t.co/MCaxn3M4rY)を見てみる と、労働組合に入らない理由は「労働組合や組合活動に興味がないから」37.8%「加入するメリットが見出せないから」37.0%が上位、大学生イメージ調査でも「実際に何をやっているのかわかりづらい」「面倒くさそう」「怖い」などが上位を占めます。
この結果からみても、労働組合への親しみやすさのアピール・加入メリットの周知、当事者の声として労働者が実感できる情報発信などを行い、具体的な加入・結成イメージを持たせるなどの働組合対外広報が極めて重要で、ただ発信するのではなく、受け手側に伝わる情報発信力に磨き上げていく必要があることがわかります。
過去の労働問題は裁判ですが、現在行われている理不尽な事に対応するのは、労働組合しか対応出来ませんし、法律に書いてある以上の労働条件を実現させること。これも弁護士や裁判所にはできません。労働組合だけが団体交渉などを通じて勝ち取る可能性を持っているのですから・・・
加えて、ハラスメントのない職場にするには、個々の事案への対応はもちろん大切ですが、それだけでは難しいと思います。時間はかかりますが、組合の存在と交渉力で体質改善することが絶対に必要です。 労使協議を充実させ、労働法そのものの遵守、ハラスメントに関する職場のルール作りと定着に尽力することが大切な気がします。
④ ILOハラスメント撤廃条約への批准
https://www.ilo.org/tokyo/standards/list-of-conventions/WCMS_723156/lang--ja/index.htm
日本はILOハラスメント条約の採択には賛成しましたが、国内で発効させる「批准」には消極的な姿勢を示しています。この条約内容としては、当事国に、ジェンダーに基づくものも含め、仕事の世界における暴力とハラスメントを定義し、禁止する法律や規制を制定することを求めています。
その上で被害者が容易にアクセスできる効果的な救済策と安全かつ公正で効果的な通報・紛争解決制度の確保、罰則の制定、生命や安全に深刻な危険が及ぶ可能性がある場合には労働者に仕事を離れる権利を認めること、即時執行可能な命令の発出等を含め、労働監督署に暴力とハラスメントを扱う権限を認めること等の具体策が必要とされています。
仮に批准したとしても、日本では一般的に国際条約を批准してもそれを裁判規範として利用することに消極的だと言われています。やはり、真に実効性のあるハラスメント法制を目指す運動は、まだまだこれからなのでしょう。
(3)最後に
まったく、ニュースにすらなっていませんが、SNSを通じて色々情報交換をしたり、励まし合ったりさせて頂いていた、群馬県太田市の物流会社で働いていた40代のHさんが2021年12月29日、わざわざ就業先に出向き、そこで首を吊って亡くなりました。
約5年前、社内で障害をもつ方への虐待を発見し、社内告発を行ったがために、今度はHさん自身が標的になり、複数の社員から凄絶なパワハラを受け、うつ病を発症しました。
今回も数度にわたり大阪の本社にパワハラの実情の報告と救済を求めて告発状を送りましたが、会社側の回答は一貫して、大勢の社員の面前での執拗かつ複数回に及ぶ複数人による大声での恫喝・叱責等はパワハラには該当せず、逆にHさんを誹謗中傷する事実無根の出来事が書かれた回答書が届きました。
あげくの果てに、勝手に離職票を偽造され自己退職扱い(実質解雇)、労災申請も行いましたが不支給、ハローワーク、社内労組、社内健康組合、警察、弁護士、地元の新聞社などにも相談・救済を求めましたが、結局どこからも、何の支援もありませんでした。
亡くなる前日(12月28日)の彼の最後の発信には、自身の実名・パワハラ加害者全員の実名・会社から届いた偽造文書の写真、死んで不当解雇・パワハラ・労災隠し・離職票の偽造の事実を証明し、抗議するとのメモ書きや、死を覚悟してから、身辺整理の為に、大好きで長年愛用していたオートバイを泣きながら売りに行った写真と「終わりにするときがきました。不思議と怖くも悲しくもありません」というメッセージがありました。
結局、周りの人々からの「希死念慮がひどいのなら、一旦逃げて下さい」とか「諦めずに、仲間を探し続けて下さい」という声も結局、彼には届きませんでした。もう助けを求めて声を上げる力すら残っていなかったのかもしれません。
彼と私では、住む場所も、置かれた状況も違いますが、せめて私が最後まで闘うこと、労働問題を考え続けること、声をあげ続けることが、どうしようもない絶望感と無念と孤独の中で亡くなった彼へのせめてもの餞になればと思います。
おそらくこの先、年単位での長い闘いになると思います。私自身、事案発生当時と比べて数倍怒っていますが、数倍冷静ですし、最後まで頑張れそうです。みなさま、私と一緒に闘っていただけませんか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。